「うちの会社は、まだまだ男性中心の文化でね…」
「悪気はないんだろうけど、つい『女の子だから』なんて言ってしまうベテラン社員がいて…」
経営者や人事の皆様と組織の悩みについてお話しすると、このような声をお聞きすることがあります。制度を整え、メッセージを発信しても、なぜか変わらない組織の空気。その根底には、アンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み)という、目に見えない“壁”が存在しているのかもしれません。
脳の“クセ”だから、厄介で、なくならない
アンコンシャス・バイアスとは、私たち一人ひとりが、自分では気づかないうちに持っている「ものの見方の偏り」のことです。例えば、
「リーダーは、ぐいぐい引っ張るタイプであるべきだ」「母親なのだから、子育てを優先して働くのが自然だ」「体力仕事は、若い男性に任せるのが一番だ」
これらは、過去の経験や、育ってきた環境、社会の風潮などから、無意識のうちに脳に刷り込まれた思考の“ショートカット”のようなもの。膨大な情報を効率的に処理するための、いわば脳の“クセ”であり、誰にでも存在します。
問題なのは、この“クセ”が、個人の能力を正しく評価することを妨げたり、多様な人材の活躍の機会を奪ってしまったりすることです。そして何より厄介なのは、「無意識」だからこそ、本人に悪気はなく、指摘されてもなかなか自覚しづらいという点です。研修で知識を学んだからといって、明日からきれいさっぱり消える、という単純なものではありません。
なぜ、キャリアコンサルティングが有効なのか?
では、この手ごわいバイアスと、私たちはどう向き合えばよいのでしょうか。そこでヒントとなるのが、キャリアコンサルティングの視点と技術です。
キャリアコンサルティングは、単に仕事のマッチングをしたり、キャリアプランを立てたりするだけではありません。その本質は、一対一の丁寧な「対話」を通じて、相談者自身が自分の内面を深く見つめ、新たな気づきを得るプロセスを支援することにあります。このプロセスが、アンコンシャス・バイアスの壁を乗り越える鍵となるのです。
例えば、部下の育成に悩む管理職の方がいたとします。
管理職:「Aさんは真面目なんですが、どうもリーダーシップがなくて。大きな仕事は任せられないんですよ」
もし、キャリアコンサルタントがここで「そうですか。では、リーダーシップ研修を受けさせてみては?」と応じてしまっては、何も変わりません。
そうではなく、私たちは次のように対話を重ねます。
コンサルタント:「Aさんのどのような言動を見て、『リーダーシップがない』と感じられたのですか?」
コンサルタント:「あなたにとっての『リーダーシップ』とは、具体的にどのようなイメージですか?」
コンサルタント:「チームには、他にどのようなタイプのメンバーがいますか?その中でAさんの強みはどこにあると思いますか?」
このような問いかけを通じて、管理職の方は「自分は、声が大きくて意見をはっきり主張することだけをリーダーシップだと思い込んでいたかもしれない」「Aさんは、人の意見を丁寧に聞いて調整するタイプのリーダーシップを発揮できるのではないか」といった自己洞察に至ることがあります。
これは、まさに自分自身のアンコンシャス・バイアスに「気づく」瞬間です。誰かから一方的に教えられるのではなく、対話を通じて自ら発見するからこそ、その気づきは深く、行動変容へと繋がっていくのです。
「対話」の文化が、組織を変える
もちろん、これは魔法ではありません。時間も根気も必要です。しかし、管理職一人ひとりが、キャリアコンサルティングのマインドを持って部下と「対話」を重ねるようになったら、組織はどう変わるでしょうか。
お互いの思い込みに気づき、一人ひとりの個性や強みに目が向くようになり、誰もが自分らしさを発揮できる。そんな組織文化が育まれていくはずです。
「変わらない」と諦める前に、まずは社内で「対話」の機会を増やしてみませんか。その小さな一歩が、見えない“壁”に風穴を開け、組織の未来を拓く大きな変化の芽となるかもしれません。
「さあ、うちの会社もダイバーシティを推進しよう!」
経営者や人事の皆様がそう決意されたとき、まず頭に浮かぶのは「女性の活躍推進」ではないでしょうか。もちろん、それは非常に重要なテーマです。しかし、ふと「なぜ、日本では“ダイバーシティ”というと、まず女性がテーマになるのだろう?」と疑問に思ったことはありませんか。
この現象は、日本の社会が抱える構造的な課題と深く結びついています。
「女性活躍」が第一歩となる日本の事情
結論から言えば、「ダイバーシティ=女性活躍」というイメージが強いのは、日本特有の背景が大きく影響しています。
世界経済フォーラムが発表する「ジェンダー・ギャップ指数」において、日本は長年、先進国の中で極めて低い順位に留まっています。特に、経済分野と政治分野における男女格差は深刻で、管理職に占める女性の割合の低さや、男女間の賃金格差は、早急に解決すべき国家的課題とされてきました。
このような状況を受け、政府は「女性活躍推進法」などを制定し、企業に対して女性の登用や働きやすい環境の整備を促してきました。つまり、日本のダイバーシティ推進は、喫緊の課題であった男女格差の是正、特に「女性」という属性に光を当てることからスタートせざるを得なかったのです。
また、企業側にとっても、「女性」という属性は、他の多様な属性(年齢、国籍、障がいの有無、性的指向など)に比べて、課題が可視化しやすく、数値目標を立てやすいという側面がありました。これが、多くの企業でD&Iの第一歩が「女性活躍推進」となっている大きな理由です。
世界の潮流はもっと広い視点へ
では、海外ではどうでしょうか?国際的に見ると、ダイバーシティはより多角的で幅広い概念として捉えられています。
例えば、アメリカでは、その歴史的背景から人種や民族の多様性が非常に重要なテーマです。ヨーロッパでは、移民問題と関連して国籍や文化、宗教の多様性が活発に議論されています。もちろん、ジェンダーの平等も共通の重要課題ですが、それだけが突出して語られるわけではありません。D&Iの先進国では、ジェンダー、人種、LGBTQ+、障がいの有無、年齢といった様々な属性が、等しく尊重されるべき多様性の構成要素として認識されているのです。
つまり、「ダイバーシティ≒女性活躍」という捉え方は、世界のスタンダードというよりは、日本のジェンダーギャップという大きな課題を乗り越えるための、いわば「序章」と考えるのが適切かもしれません。
「次の一歩」を踏み出すために
キャリアコンサルタントとして、そして心理学を学ぶ者として皆様にお伝えしたいのは、「女性活躍」からD&Iを始めること自体は、決して間違いではないということです。それは意義のある、そして必要な一歩です。
しかし、大切なのは、そこで立ち止まらないことです。
私たちは誰しも、「こうあるべきだ」というアンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み)を持っています。もしかしたら、「ダイバーシティは女性の問題」というのも、その一つかもしれません。
真のダイバーシティ&インクルージョンとは、性別に関わらず、シニア世代の豊富な経験が活かされ、外国籍社員の異なる視点が歓迎され、障がいのある方もない方も共に能力を発揮し、誰もが自分らしくいられる組織文化を育むことです。それこそが、変化の激しい時代を乗り越え、新たなイノベーションを生み出す組織の原動力となるはずです。
まずは、自社の「当たり前」を見つめ直すことから始めてみませんか。女性活躍の次に来る、御社ならではのダイバーシティの形はどのようなものでしょうか。その一歩を踏み出すとき、きっと組織はより強く、しなやかに成長していくことでしょう。
「最近の若手は、何を考えているか分からない」「ベテランのやり方は、もう古い」
経営者や人事の皆様なら、社内のこんな声に頭を悩ませた経験が一度はあるのではないでしょうか。世代間の価値観の違いによるコミュニケーションの溝は、多くの組織が抱える課題です。
しかし、もし組織のなかに特定の世代がすっぽりと抜けていたら、その溝は私たちが想像する以上に深く、静かに組織を蝕んでいくのかもしれません。
中間層不在の専門商社B社で起きていたこと
これは、私がキャリアコンサルタントとして関わった、ある老舗の専門商社B社の事例です。B社は50代のベテラン管理職層と、ここ数年で採用した20代の若手社員が中心。会社の歴史の中で採用を絞った時期があり、30代後半から40代、いわゆる就職氷河期世代の社員がほとんどいませんでした。
長年の顧客との信頼関係で安定した経営を続けてきたB社。しかし、現場では深刻なコミュニケーションロスが起きていました。
50代の管理職は、長年の経験と勘、そして顧客との個人的な人間関係を武器に実績を上げてきた世代です。「最後は人と人との繋がりだ」「まずは足繁く通って顔を覚えてもらえ」が彼らの信条。良かれと思って若手を飲みに誘い、自身の武勇伝を語ることも少なくありません。
一方、20代の若手社員は、効率性を重視し、プライベートな時間も大切にします。彼らにとって、顧客データを分析し、CRM(顧客関係管理)ツールを駆使して戦略的にアプローチするのが「当たり前」。仕事後の飲み会よりも、ロジカルな営業戦略を学びたいと感じています。
結果、何が起きたか。
管理職は「最近の若手は顧客訪問を面倒くさがる。根性がない」「飲みに誘っても来ない。腹を割って話せない」と若手への不信感を募らせます。相談相手もおらず、自身の成功体験が通用しないことに孤独を深めていました。
若手は「管理職の指示は精神論ばかりで具体的じゃない」「いきなり『行ってこい』と言われても、何のデータもなしでは動けない」と感じ、心理的な壁を作ってしまいます。「どうせ言っても無駄だ」という諦めが蔓延し、新たな市場を開拓するための斬新なアイデアや業務改善の提案が全く出なくなってしまったのです。
なぜ、「翻訳者」の不在が溝を深めるのか
B社で起きていた問題の本質は、経験と人脈のベテラン層と、データと効率の若手層の間に立つ「翻訳者」の不在でした。
本来であれば、就職氷河期世代のような中堅層が、上司の「とにかく行ってこい」という指示の意図(まずは関係を作ることが大事)を若手に分かりやすく解説したり、若手が提案する「データに基づいたアプローチ」の有効性を上司が納得できるよう橋渡ししたりする「緩衝材」の役割を担います。新旧両方のやり方を理解し、融合させる彼らの調整力が、組織の潤滑油となるのです。
この「翻訳者」がいない組織では、お互いの「当たり前」が通じず、意図が誤解されたまま放置されます。それは、既存顧客の喪失や新規開拓の遅れといった、目に見える形で経営に影響を与え始めます。
ギャップを「強み」に変える、対話の橋の架け方
では、この断絶を乗り越えるために、経営者や人事は具体的に何をすれば良いのでしょうか。必要なのは、世代間の違いを問題として嘆くのではなく、意識的に「対話の橋」を架けることです。
「ナナメの関係」を意図的に作る
直属の上司・部下というタテの関係だけでなく、別の部署の先輩社員が相談に乗るメンター制度などを導入し、「ナナメの関係」を構築しましょう。少し離れた立場だからこそ、若手も本音を話しやすくなります。
1on1ミーティングを「相互理解」の場にする
定期的な1on1を、業務報告の場だけで終わらせていませんか。「最近ハマっていることは?」「どんなキャリアを考えている?」といった雑談を通じて、お互いの価値観や人となりを知ることが、心理的な壁を取り払う第一歩です。
管理職を孤独にしない
管理職自身も、部下との関係に悩んでいます。コーチング研修などで部下との関わり方を学ぶ機会を提供すると同時に、管理職同士が悩みを共有し、相談し合える場を設けることが極めて重要です。
世代間のギャップは、対立の種ではありません。異なる価値観や経験が交わることで、これまでになかったアイデアやイノベーションが生まれる可能性を秘めています。
「間」の世代が抜けているからこそ、意識的にコミュニケーションの機会を設計すること。それこそが、変化の激しい時代を生き抜く、強くしなやかな組織の土台となるはずです。
まずは、あなたの会社にいる"物言えぬ若手"と"孤独な管理職"、両方の声に、そっと耳を傾けてみることから始めてみませんか。
先日、ご支援させていただいている企業様でダイバーシティ&インクルージョン(D&I)研修に登壇いたしました。研修が始まると、私の想像をはるかに超える活発で真摯な議論が各グループで巻き起こり、参加者の皆様が持つテーマへの関心の高さと、組織が持つポテンシャルに深く感銘を受けました。
研修後、人事ご担当者様と振り返りをする中で、その晴れやかな表情と共に、こんな言葉をいただきました。「この熱量を、研修に参加できなかった社員も含め、どうすれば組織全体に広げていけるでしょうか」。
多くの企業でD&I推進に携わる中で、これは非常によくお伺いする、そして最も重要な問いです。
「心理的安全性」が引き出した、本音という名の原石
キャリアコンサルタントの視点から見て、あの活発な議論が生まれた背景には、参加者が「ここでは本音を話しても大丈夫だ」と感じられる”心理的安全性”が、研修という場で確かに醸成されたからに他なりません。
「本当はもっと家族との時間を大切にしたいが、言い出しにくい」
「マイノリティとしての意見が、全体の和を乱すと思われないか不安になる」
このような、普段は心の内に秘められている声が表出すること自体が、組織が変わるための大きな一歩です。これらの声は、組織がまだ気づいていない課題や、成長の可能性を秘めた貴重な「原石」なのです。
主役は「マジョリティ」。だからこそ、全員への展開が不可欠
この原石を磨き、組織の力に変えていくために、なぜ「当事者」だけでなく「周りの人々」への展開が決定的に重要なのでしょうか。
それは、社員一人ひとりの働きやすさやキャリアの可能性を形作っているのが、制度そのものよりも、むしろ組織の大多数を占めるマジョリティ層(周りの人々)がつくる日々の「空気」だからです。
例えば、時短勤務の社員が気兼ねなく働けるかは、上司や同僚の「時間内に業務を終えられるよう協力しよう」という言動にかかっています。新しいアイデアを持つ若手が萎縮せずに発言できるかは、「まずは聞いてみよう」というチームの姿勢次第です。
つまり、インクルーシブな文化を創造する主役は、マジョリティ層を含む全従業員なのです。研修で生まれた「変化の種火」を、一部の参加者だけで燃え尽きさせることなく、組織全体の隅々にまで広げていく必要があります。
研修を「点」で終わらせず、「面」で広げる仕掛け
研修の価値を最大化するために、ご担当者様には「翻訳者」となっていただくことをお勧めしています。研修での専門的な学びや参加者の熱量を、全社員が「自分ごと」として捉えられる言葉や物語に翻訳し、発信していくのです。
サマリーではなく、ストーリーを語る:
研修報告を「こんな気づきがありました」という箇条書きで済ませず、心を動かされた参加者の発言やエピソードを、個人が特定されない形で物語として共有します。
経営層を巻き込む:
研修の成果を経営層にしっかりと伝え、D&Iを推進する強い意志を改めて全社に発信してもらうことは、絶大な効果があります。
管理職を「翻訳パートナー」にする:
各部署の管理職に研修の概要と目的を共有し、自分たちのチームの言葉でD&Iの重要性を語ってもらう機会を設けます。
研修は、組織という土壌を耕し、種を蒔く行為です。今回、皆様の組織には間違いなく変化の種が蒔かれました。その種を全従業員で育んでいくことで、多様な人材がそれぞれの花を咲かせる、豊かな土壌が育まれていくはずです。研修で見えた確かな可能性を自信に、次の一歩を踏み出されることを心から応援しております。